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静岡地方裁判所浜松支部 昭和36年(ワ)161号 判決

原告 浅原重臣 外一名

被告 宮崎みつゑ

主文

被告は原告両名と共同して原告重臣所有の浜松市三組町百四十二番地の六宅地百四十三坪六合五勺と被告所有の同所百四十一番地宅地九十六坪三合六勺の境界の別紙図面(ハ)(ホ)を結ぶ個所に別紙練石積設計書記載の工事をなしその費用の半額を負担するか原告が単独で工事を行つた時はその費用合計金十五万七千円の半額金七万八千五百円を負担しなければならない。

原告等のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は折半し原告等と被告の各平等負担とする。

この判決は原告勝訴部分に限り原告等に於て金三万円の担保を供することを条件として仮に執行することを許す。

事実

原告等訴訟代理人は

被告は原告浅原重臣に対し同原告所有の浜松市三組町百四十二番地の六宅地百四十三坪六合五勺と被告所有の同所百四十一番地宅地九十六坪三合六勺の宅地境界(別紙図面ハホを結ぶ個所)に沿つて右原告所有地の崩壊を防止するため別紙仕様書記載のような工事をなし、且右原告所有地の崩壊部分を原状に復さなければならない。

被告は原告浅原俊子に対し同原告所有の同所百四十二番地の六家屋番号同町百五十五番の二木造瓦葺二階建居宅一棟に対する危険を防止するため前項記載の工事をなし且同家屋の敷地内の前項記載の崩壊部分を原状に復さなければならない。

訴訟費用は被告の負担とする。

旨の判決と仮執行の宣言を求めその請求の原因として

一、原告重臣は昭和二十八年七月二十八日訴外村田茂平から浜松市三組町百四十二番地の六宅地百四十三坪六合五勺を買受所有し原告俊子は右地上に家屋番号同町百五十五番の二木造瓦葺二階建居宅一棟建坪十二坪二合五勺二階七坪五合を建築所有している。

二、被告は昭和三十六年二月九日売買により浜松市三組町百四十一番地宅地九十六坪三合六勺を所有し右地上に居宅を建築居住している。

三、右両宅地は隣接し被告所有地は原告重臣所有地との境界線を境として約七、五尺程低地となり両地は原、被告の各取得する以前から境界に沿つて、被告所有地内に向つて底辺約六尺の型により土壊の傾斜地帯があつてその頂部に高さ約四尺位のコンクリート製土止めが設置され高地である原告所有地の崩壊が防止せられていた。

四、然るに被告は昭和三十六年八月下旬頃から無謀にもその所有地内の境界線コンクリート土止めの下部の土壤傾斜地帯を垂直に堀り取り同月二十五日土止西南側の原告重臣所有地内に六本の杭を打ち込んだ為同夜原告所有地は境界沿いに巾約六尺延長約四間程に亘つて土壤がコンクリート土止めと共に崩壊し崩壊を免れた個所の土止めも被告側に傾斜し崩壊寸前の情況となつた。

五、原告俊子所有の建物は右境界から一間乃至二間離れた個所に建築されているが右崩壊によつて建物土台から一尺乃至三尺の地点まで崩れ、このまゝ放置することは甚だ危険な状態となつた。

六、右の次第であるから原告重臣は所有権に基きその侵害の排除を、原告俊子は所有権の円満な状態を保全し危険を防止するため夫々別紙仕様書記載通りの工事施行(この費用見積価額金二十四万九千百八十七円)を求め、且崩壊部分を原状に回復することを求めるため本訴に及ぶと陳述した。〈立証省略〉

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告等の負担とするとの判決を求め、原告請求原因に対する答弁として

一、第一項中原告重臣がその主張の宅地を所有することは認めるがその余は不知、

二、第二項は認める、

三、第三項中原被告の各所有宅地が隣接していること、原被告の所有前から境界にコンクリート土止めが存したことは認めるがその余の事実関係は

(1)  境界地点の両地の高低差は約六尺五寸である。

(2)  コンクリートの土止めの高さは約三尺五寸(地上三尺、地下五寸)厚さ四寸五分であつて右コンクリート下部から被告所有地内に入つていた傾斜底辺は約四尺六寸である。

四、請求原因第四項については

(1)  被告所有地内の傾斜地帯を多少削り取つたことはあるが垂直に堀り取つたとの点は否認する。

(2)  目隠しの塀を作るためコンクリート土止め直近に一間置き位に細丸太五本を地下一尺位の深さで建てたことは認めるが杭を打ち込んだことはない。

(3)  昭和二十六年八月二十四日午前一時頃原告所有地内の土壤がコンクリート製土止めと共に崩壊したことは認めるが是はコンクリート製土止めが既に上部に於て約七寸位被告地内に傾いて居り然かも約八尺置きに上下に五本位割目を生じおりたるところに集中豪雨のため地盤に緩を生じ崩壊したものであつて被告には何等責がないのである。

五、崩壊個所をそのまま放置することは出来ないけれ共右は原告等の責任に於てなすべきものであるから被告は原告の請求に応ずることは出来ないと述べた。〈立証省略〉

理由

原告重臣所有の浜松市三組町百四十二番地宅地と被告所有同所百四十一番地の宅地は隣接し境界線を境として著しい高低差(原告は七、五尺被告は六、五尺と主張)があり原被告が夫々宅地の所有者となる以前から境界線沿にコンクリート製土止めが存し(その高さに付原告は四尺、被告は地上三尺地下五寸と主張)その下部は被告所有地内に土壌が傾斜(原告は底辺六尺、被告は四尺五寸と主張)しおりたること、被告が昭和三十六年八月頃傾斜地下部の土壌を一部削り取つたこと、(その角度に付原告は垂直と主張被告は否認す)同年八月二十三日(原告は八月二十五日と訴状に記載し被告は八月二十四日と準備書面に記載するが後記証拠に照し八月二十三日の各誤記で本件崩壊は二十四日未明に惹起したと認める。)被告側に於て目隠し塀築造のため原告所有地内に杭を建て(その本数に付原告は六本を打ち込んだといゝ被告は五本で地面を堀り埋めたと主張する)たこと、同夜境界沿いの原告宅地内の土壌がコンクリート土止めと共に延長約四間に亘つて被告宅地内に崩れ落ちたことは当事者間に争がない。原告は本件崩壊は被告が無謀にもコンクリート土止め直下の傾斜土壌部分を垂直に削り取り杭六本を打ち込んだ為であると主張し被告はコンクリート土止めが崩壊前既に上部が約七寸位被告地内に傾斜しおり約八尺置きに上下に五本位の割目を生じおりたる処集中豪雨があつて地盤が緩み崩壊したものであつて被告の責ではないと争うので按ずるに証人沢井好子、同中野好是の各証言によると被告がコンクリート下の傾斜土壌部分を削り取つたのは本件崩壊より尠くとも十日以上前のことであつてコンクリート基部から二尺位の余裕を残こし削取つたものでその間に降雨もあつたけれ共崩壊はしなかつたことが認められるから下部傾斜部分の削り取りは直接の崩壊原因と認めるには聊か根拠薄弱であつて右両証人の証言に証人大石彦次郎、兼古笹子、鈴木十四一の各証言、証人鈴木みつゑ、原告本人俊子、被告本人の各一部供述、(以上三名の供述中後記措信しない部分を除く)鑑定人斎藤清の鑑定、当裁判所の検証の各結果を綜合すると次の事実が認められる。

本件原、被告各所有地の境界に存したコンクリート製土止めは約三十年前に訴外大石彦次郎が両地の境界沿に存する傾斜地上の中腹に垂直に建てたものであるが両地は七尺前後の高低差があるのに当時から高地の水抜き工事は全然施されず放置せられ境界沿には下水溝もないところから高地の雨水や下水は被告側の低地に流下し土壌も次第に流出するに至り現に原告俊子の所有で本訴外の訴外兼古笹子の居住する家屋の水道管や土管は地表上に露出する様な始末となり一方低地は雨天の都度溜池の如き観を呈し加えて原告俊子の所有家屋は雨樋も完備していないため雨水は流れ放題に被告側の低地に流下し更に長年月に亘つて水分を吸収した原告重臣の所有地は次第に地圧を増加し原告俊子方が家屋建築に際して一尺余の土盛りをしたことも加わつて益々圧力を増大し僅かに五寸余を埋没したに過ぎない古いコンクリート壁は各所に亀裂を生じ或る部分は被告側宅地に張り出して天部は逆に低地に向つて傾斜を生じ崩壊の危険を生ずるに至つた。

昭和三十六年二月頃原告は本件百四十一番地の宅地を買い受け旅館家屋を建築するに至つたのであるが買受当時から崩壊寸前のコンクリート壁や、原告重臣所有地に居住する者等の流がす下水や雨水の流下について再三原告方にその防止措置を申入れ費用を折半して境界壁の修築を申入れたが、直接被害を受けない原告方は費用の負担を厭うたためか、訴外兼古の地表に露出した水道管埋没方の要求と共に常に默殺していた。

然るところ被告方に於ては原告宅地に面する部分に設けた客室に前庭をしつらえる為同年八月上旬頃前記傾斜地の基部の一部を削り取つたのであるが右工事に際し原告俊子所有家屋を借受けている訴外兼古、沢井等が被告客室の泊り客が覗くからと度々被告に対し目隠し塀の築造を強く要求したので被告も承諾しその工事をなすべく原告俊子方に赴いて了解を求めんとしたところ同原告は留守を装つて応答しなかつたので被告は目隠しを作る旨戸外から大声で表明した上訴外庭師鈴木十四一をして同月二十三日原告地内に長さ約七尺の丸太五本を約一間置きに埋め込ませ割竹を以て之を緊縛し目隠し工事に着手するに至つた。

然るにその晩集中豪雨があつて原告方地内に降りそゝいだ雨水が被告方地内に流れ始め右工事によつて軟弱となつていた個所を突き破つたので今しも崩壊寸前にあつたコンクリート土止めは一溜りもなく被告地内に顛落し本件事故を惹起するに至つた。

右認定に反する証人鈴木みつ江の証言部分と原告俊子及び被告本人の各供述部分は信用し難く爾余原被告提出の全証拠によつても未だ右認定を左右することが出来ない。

即ち本件崩壊の直接原因となつたのは恰も襲来した豪雨による流水が原告方地面から被告方地面に激しく落下するに当つて軟弱となつた杭附近の地面から崩れ出したものであるが真の原因たるものは多年に亘つて高地の所有者が水抜き工事を怠つて高地の地圧を増大させ、更に境界線に接近させて原告俊子が家屋を建築し乍ら雨樋、下水溝を整備せず被告方に流水を放置したことに由来するものでありその過失は原、被告両者に存するといわなければならない。

本件の様に両地間に七尺前後の高低差ある場合僅々三尺五寸乃至四尺のコンクリート壁を中腹に設けるていの一時押えの工事が尚約三十年近くの歳月を無事故で過したこと自体奇蹟に類するのであつて堅固の土止めと水抜き工事は必要不可缺のことであるのに独り本件土地のみならず浜松市内の本件近傍の宅地或は公道に沿つて削り放しの崖を放置し山地の削取なるが故に安全なりとし敢て何等崩壊防止の工事をなさず市民亦之を怪しまないのは寒心に耐えない。

原告宅地は崩壊により一時の安定を生じたが尚原告俊子所有の本訴請求に現われた以外の一棟(訴外兼古一家の居住々宅)は崩壊点に対する至近距離は実に六寸余に過ぎず、訴外沢井、鈴木みつ江等の居住する一棟(本訴に於て原告俊子所有家屋として記されおるもの)も一、二尺の距離に立つて何れも家屋倒壊の危険あり即刻修復して高地の崩壊を防止し人命、財産の毀損を防止する必要がある。

而して右修復には別紙練石積設計書記載の如き工事をなすを要しその費用は金十五万七千円を必要とすることは鑑定人斎藤清の鑑定結果によつて認められるところ本件崩壊は前認定の通り原告両名、被告等双方の過失が因となり果となつて現われたものでその責は相半するというベく従つて被告に対してのみその修復の全責任を負担せしめ様という原告の請求が失当であることは勿論であるが同時に触れなば落ちん危険地帯に杭を打ち地底傾斜地を削つて地盤を軟化させ崩壊の時期を早めた被告もその責なしとは言えない。

然かし本件の様な修復工事は全体について同時に施行するに非ざれば修復の目的は全く遂げられないものであつて不可分の工事として所謂訴訟の一般形式による一部認容の判決をすることは当事者の何れに対しても何等の実益を生じない。

惟うに我民法典は低地所有者は高地の自然排水に付受忍義務を認めると共に高地所有者に対しては雨水、下水が直接低地に流下せざる様工作物設置に付注意義務を課し高地土壌が低地に崩壊しない様な予防義務を定め更に境界標示その他之に類する工事について費用は相隣者双方が平分負担することを明定する趣旨よりして原被告双方の過失を彼此考慮すれば本件崩壊の修復工事は原被告が共同で行いその費用を平分して負担するのが相当であると謂うべく原告の被告に対し全部の工事と費用の負担を求める請求中には当然に原被告が共同で施行する場合と原告が単独で施行してその費用の支払を求める場合の両者を包含すると認むべきであるから原告の請求は別紙練石積設計書記載の工事を共同で行い費用を平分負担するか、原告側で施行してその費用金十五万七千円の半額金七万八千五百円の支払を求める範囲内で正当として認容し爾余は失当である(殊に原状回復を求める如きは前段認定の通り倒壊寸前の危険状態に復せしめんとするもので適当でない)から棄却することとし訴訟費用の負担については右事情に鑑み民事訴訟法第九十二条本文、第九十三条により折半して原被告に夫々その一を負担させ修復の緊急性に照らし同法第百九十六条第一項を適用して原告が金三万円の担保を供することを条件として仮執行の宣言を付することとして主文のとおり判決する。

(裁判官 小野沢龍雄)

練石積設計書、断面図、雑石練石積設計書〈省略〉

第1号表 雑石練石積10平米当り代価表〈省略〉

第2号表 止杭1本土台10米当り代価表〈省略〉

第3号表 コンクリート1立米当り代価表〈省略〉

工事仕様書

石垣積工事

後記図面の通り基礎は深さ一尺五寸の堀方をなし栗石(天竜礫)を組入れて根石の据込をなし、石灰石をネリ積とする石垣の面勾配は通し三分乃至二、五分とする。

裹詰コンクリートは幅五寸、裹詰礫は幅一尺とし、水抜穴を適当に設置する。

石垣断面図略図〈省略〉

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